研究会 運用技術 無線技術

情報処理学会第51回インターネットと運用技術研究会でインターネットとオープンな無線技術の今後について発表をしました

研究会 運用技術 無線技術

ペパボ研究所客員研究員の力武健次(りきたけ・けんじ、@jj1bdx)です。2020年9月3日と4日両日に開催された、第51回インターネットと運用技術研究会(IOT51)で、ペパボ研究所として発表を行いました。その内容を論文(研究会予稿)と発表スライドと共に紹介します。

本発表では、2つの大きなテーマを定めて論じています。具体的には以下の2点です。

  • (1) インターネットによりオープン化していく無線技術の現状について筆者の経験に基づく事例の紹介
  • (2) オープン化の流れに追従できていない日本の電波監理体制を変えていく方法についての筆者の提言

インターネットによりオープン化していく無線技術

インターネットはさまざまな技術に影響を与えています。無線技術もその例外ではありません。具体的には以下の3点が挙げられます。

  • (1) ソフトウェア無線機(SDR)の普及: 無線機の主要機能を構成する要素をアナログな電子部品からコンピュータのソフトウェアに置き換えることにより、機能の精度を向上させて再現性を高めることが容易になりました。その結果後述するFM放送のマルチパス除去フィルタなど高度な機能の実現が容易になりました。
  • (2) エンドノードからの情報集約によるIoT的な利用の普及: 無線機をセンサとして利用して、それらの情報を位置情報などと関連付けて一元処理することにより、地球全体のグローバルな状況の可視化ができるようになりました。このようなシステムの代表例としてFlightRadar24が挙げられます。
  • (3) 機能のオープンソースソフトウェア(OSS)化の推進: (1)のソフトウェア化に伴い、それまで熟練した技術者によらなければならなかった無線機の実装技術がより理論的な設計に近いものとなりました。その結果秘伝だった無線技術の開示が進み学習することが容易になりました。

本発表では、筆者が無線技術のオープン化にかかわった例として、2つの事例を挙げています。

1つ目はFM放送の受信品質を向上させるためのマルチパス除去フィルタの実装です。マルチパス除去フィルタの原理そのものは1980年代にテレビジョン学会誌(現在の映像情報メディア学会誌)の論文[1]で開示されていますが、筆者はこの原理をFM放送などを受信するSDRのOSSであるairspy-fmradionに実装し、NHK-FMの時報音の雑音ひずみ率(THD+N)を0.918%から0.242%に低減し改善することに成功しました。この技術については筆者のNoteの記事として本発表とは別に詳細をまとめています。

2つ目はアマチュア無線を通じた全世界規模でのオープンサイエンス活動への参加です。本発表では微弱信号に対応できるOSSであるWSJT-Xに実装された通信方式WSPRなどの紹介を行いました。WSPRは音声信号の1/1000以下の電力で通信することが可能なため、短波での電離層の伝搬状態などを分単位で測定するのに用いられています。

これらの事例によってわかることは、無線技術の進歩にインターネットは欠かせないこと、そしてコンピュータの力でますますオープン化は進んでいくだろうということです。

オープン化の流れに追従できていない日本の電波監理体制をどう変えていくか

一方、電波の監理(かんり、法的な権限を持って管理や取り締まりを行うこと)体制は、有害な混信妨害を避けるために目的別に周波数や通信方式を設定して運用することが必要であることから、国際電気通信連合(ITU)の国際法に基づいて世界各国各地域の政府の担当部局が監理する体制が歴史的に取られてきました。日本では1950年に電波法が制定され、電波監理体制の原則を決める法律として現在に至るまで運用されています。

電波法では、電波を利用したい者は総務大臣からの免許による事前の許可を受け、その免許の範囲内で運用を行うことが前提になっています(電波法第4条)。しかし、無線LANやLTEなどを実装したスマートフォンや各種情報機器が普及した現在、個々に免許を下ろすことは現実的に不可能です。そこで無線LANやLTEなどは現在電波法上では例外の扱いを受けています。一例として、技術基準適合証明(いわゆる「技適」)は、個々の無線機器の工事設計の審査を事前に行うことで、使用者が個別に申請せずに済むための手段ということができます。

とはいえ、現在の電波監理体制が事前許可を大原則としている点は1950年代からまったく変わっていません。新規技術を実験したい場合は、総務省に申請して許可を受ける必要があり、既存の他業務との調整などで数ヶ月単位の長い時間がかかります。これはオープン化の潮流とは真っ向から対立する状況であり、日本全体の技術的イノベーションを阻害していると筆者は考えます。

この電波監理体制をどう変えていくかについて、筆者は本発表で以下6点の提言を行いました。

  • (1) 事前申請なく自由な利用が可能な電波の帯域を拡充する。
  • (2) 電波の送信者の認証を適切かつ迅速に行える基盤を整備する。
  • (3) 電波利用のモニタリング体制を強化する。
  • (4) 機器の変更ごとに必要な手続の簡略化あるいは廃止を行う。
  • (5) 実験に限らず運用利用でも世界各国各地域との無線機器の相互認証を進める。
  • (6) 無線局の免許情報について、紙の免許状を原本としているのを改め、総務省で監理するデータベースを原本とし、紙の免許状を廃止する。

これらの提言の中で特に(4)や(6)はすでに日本以外の世界各国各地域で広く実行されていることであり、日本でできない理由はないと筆者は考えます。

研究会予稿

スライド

まとめ

第51回インターネットと運用技術研究会(IOT51)では、インターネットとオープンな無線技術の今後についてペパボ研究所から発表を行いました。 当日の発表では、日本での法整備にはどんなことが必要なのか、そして電波法が厳しくなっている結果どんな問題が出てきているのかについての議論を活発に行うことができました。

本発表は、電波の利用というインターネットの今後の発展に不可欠な内容について筆者の研究事例の発表と社会的な観点からの議論を同時に行ったものであり、今後ペパボ研究所が「なめらかなシステム」に基づく研究を進める上での課題の1つを考察したものといえます。筆者が過去46年あまりにわたって追求してきた無線技術がインターネット社会の重要な課題であることを、研究報告を行うことであらためて実感することができました。 今後は2020年12月に第13回インターネットと運用技術シンポジウム(IOTS2020)がオンラインで開催されます。エンジニアの皆様もぜひご参加ください。

参考文献

[1] 望月 孝志, 羽鳥 光俊, 適応ディジタルフィルタによるFMマルチパスひずみ自動除去の一方式, テレビジョン学会誌, 1985, 39巻, 3号, p. 228-234, 公開日 2011/03/14, Online ISSN 1884-9652, Print ISSN 0386-6831, https://doi.org/10.3169/itej1978.39.228


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