ペパボ研究所客員研究員の力武健次(りきたけ・けんじ)です。インターネットでは@jj1bdxとして活動しています。今年2017年よりペパボ研究所の客員研究員として、研究開発のお手伝いをすることになりました。この記事ではペパボ研究所に参加した動機と、今後の活動の抱負について書きます。
なぜペパボ研究所に参加したのか
昨年2016年6月にペパボ研究所が立ち上がった時、私はそのコンセプトとミッションに大いに感銘を受けました。学術的研究で得られた成果を運用に反映し、運用の課題を学術的研究のアプローチで解決するというペパボ研究所の手法は、かつて1990年から1992年に私が日本法人に所属していたDigital Equipment Corporation (DEC)のNetwork Systems Laboratory (NSL)とのやり取りで学んだものによく似ていたからです。
DECのNSLでは、現在DNSの第一人者であるPaul Vixieなど、そうそうたる技術者が勤務していました。私は日本法人でVAX/VMSのOS開発をしながら、当時まだ一般には普及していなかったインターネットについてNSLの人達から多くのことを学ぶことができました。NSLの人達は、DECの社員全体のインターネットゲートウェイやファイアウォールなどの運用や開発もしており、
研究開発により「事業を差別化できる技術」を生み出す
というペパボ研究所のミッションをそのまま実践していたといえます。
その後紆余曲折を経て、私も各種研究開発職を経験し、学術論文の書き方や査読の仕方、そして研究プロジェクトの運営の仕方など、一通り研究開発の方法論を学びました。その後首席研究員の松本との出会いなどを通じ、ペパボ研究所であれば、この経験を活かしつつ、インターネット、そして世の中を、GMOペパボの企業理念である「もっとおもしろくできる」に基づく実践的な研究開発ができると考え、参加することを決めました。
研究開発と学術的研究の関係
私が社会人として仕事を始めた1990年代当時は、多くの企業が情報科学/情報工学の学術分野でも積極的に論文を発表し、実業界と学術界オープンな交流が行われていました。しかしその後、企業内の研究開発は対外活動ではなく事業化を優先したものになり、その結果として当該企業の技術が外部で十分活用されず、同じような技術が再開発されいわゆる「車輪の再発明」が頻発するという状況が続いているように私には感じられます。これはコンピュータ産業全体にとって、良いことではないように思います。
幸い、現在のソフトウェア技術では、オープンソースソフトウエア(OSS)で成果を広く世に問いフィードバックを得ることが一般的になっています。これは学術的研究の文化である「成果を社会で共有する」という目的、そしてピアレビューの原則とも合致します。しかし、OSSを書き続けること、そしてフィードバックをしながら新しい価値を生み出し続けることは、個人や非営利組織の力だけでは容易ではありません。OSSがこれだけ広く世の中に普及している現在、企業がその事業の成果としてOSSを生み出し、またOSSを作る技術者や研究者を支えていくことが、その企業にとっての重要な社会貢献の一つになると私は考えています。
ペパボ研究所では、研究開発を通じて得られたアイディアをインターネットサービス運用の現場で磨いてさらに良いものとすることで、研究成果をサービスを通じて社会に送り出すことはいうまでもありませんが、それだけでなく、研究開発の成果を研究報告や学術論文、そしてOSSを通じて世の中に出していくことを目標としています。このような活動はかつては学術組織が担っていたことですが、その意味ではペパボ研究所は先進的な活動に着手したといえるでしょう。
ペパボ研究所での今後の活動
1992年からインターネットの各種運用技術そしてその社会的影響について私は研究してきました。2008年からは、今後標準となるであろうマルチコア環境にて、Erlang/OTPやElixirを例とした並行処理プログラミングシステム、そして並行処理を活用したWebプログラミングを主に研究しています。2015年には研究成果の一つとして、疑似乱数モジュールrandをErlang/OTPのバージョン18.0からリリースしています。
Erlang/OTPやElixirは、ユーザランドでの軽量プロセスとメッセージングに基づく、大規模な分散環境の構築に適しています。Erlangの仮想マシン一つあたり数百万個以上のプロセスが、処理要求と共に生成され、処理終了と共に消滅する過程は、ペパボ研究所が掲げる「なめらかなシステム」の設計思想と同様であり、今後のシステムデザインにも応用できるものと私は考えます。今後も私は引き続きErlang/OTPとElixirに関する研究開発活動を積極的に行っていきます。
また、今後ペパボ研究所が学術学会との共同活動を行っていくにあたり、より良い研究報告や論文を出していくことはとても重要です。論文の質を上げ、学術的にも意味のある研究成果を出していくために、ペパボ研究所の学術研究活動には積極的にかかわっていきます。
今後ともペパボ研究所をよろしくお願いします。
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