ペパ研 博士課程

京都大学博士(情報学)の学位を取得しました

ペパ研 博士課程

ペパボ研究所の松本です。Twitter上ではまつもとりー(@matsumotory)と呼ばれています。2017年5月23日付けで、京都大学博士(情報学)の学位を取得しました。長かったようで短かった僕のチャレンジが一段落しましたので、簡単にその話をご紹介します。

博士論文のタイトルは「Webサーバの高集積マルチテナントアーキテクチャに関する研究」です。博士論文も学位授与直後から公開可能として申請しておりますので、本エントリでも執筆した博士論文を公開します。公聴会で使ったスライドも合わせて公開します。

博士論文に関する研究は、本エントリで述べるよりも、上記の論文や公聴会のスライドを読んだ方が分かりやすいと思いますので、本エントリでは学位取得に向けた動機や目的意識の変化について少しだけ振り返ってみたいと思います。

会社を辞めて博士課程へ、そして、子育て

もともとの大きな出来事は、大学生の時に得意なプログラミングの授業の単位を落としてしまって留年が決定したことであり、そこから僕の人生に対する取り組み方が変わりました。それも今思うと運良く良い方向に捉えることができたという印象が強いです。

留年して以来、企業でインターネットやWebサービスに関する現場の知識を身につけてから、再度学術研究に挑戦するという思いを強く持ち、修士に行かずに一度企業に就職し、3年間働いたのちに京都大学大学院情報学研究科の博士課程に入学しました。この入学でさえ、博士課程の入学審査を受けるための資格試験(自分は修士の学位を持っていなかったため)を一度落ちており、一筋縄には行かないことばかりでした。ただ、技術を学ぶことの楽しさ、それに対する熱意、そして、その思いを周りで支え協力してくれる家族がいたからこそ、自分を信じ挑戦できたのだと思います。

博士課程入学後は、博士論文の学位審査に挑戦するために必要な条件であるジャーナルを3本以上通すということを頭の片隅に起きながら、好きな研究に没頭しました。片隅においていたのは、当時の僕にとって、博士の学位を取得することは目的ではなく、ただ研究して頭を使い、知識を得てソフトウェアを実装し、さらに自分が新たな研究に取り組めることが楽しかったからです。そうこうしていると、博士課程2年でジャーナル3本を通し、気がつくと学位取得の条件をクリアしていました。そして、早期修了も視野に入り、後は博士論文をまとめるだけという頃になって、1人目の子供が生まれました。博士論文を書くか、子育てに専念するか。僕は迷わず子育てを選択しました。そこから1年はほぼ大学に行かず、ずっと毎日子供と一緒に起きて、昼寝をして、散歩して、ご飯を食べるといった生活をしていました。この頃ほど幸せな時期はなかったでしょう。

そして、奨学金や妻が1人で働いてお金を稼ぎ続けることも、子供が生まれたことによりさらに難しくなってきており、僕も金銭面や生活の面で3年で就職する必要があると考えていたので、博士課程3年目は子育てに専念した後に、博士課程単位取得認定退学として大学を去り、今所属しているGMOペパボに就職しました。ここで僕の博士課程は一旦区切りがついたのでした。

ペパボに所属しながら学位取得へ

ペパボに入社後は素晴らしい同僚に恵まれ、自分の持つ技術をサービスに皆で導入したり、毎日がとても楽しく刺激的でした。自分の作った技術でサービスが良くなり、それが少しずつではありますが、お客様に価値を届けられていることも実感できはじめ、仕事へのやりがいも強く感じはじめていました。しかし、博士号を取得していないことはずっと胸にひっかかっていました。でも同時に、「もういいかな」と思う気持ちも強くなっていました。そんな時、IPSJ-ONE2016で僕が登壇した後に、指導教員である岡部先生からメッセージが届き、

IPSJ-ONE見ました。お疲れ様でした。松本さんのやっているような内容を学術論文にまで持っていきたい。いつかああいう話ができる学術コミュニティを作りたい。そのためにもはやく博士になって博士論文としてもその可能性を示してください。

という言葉を頂きました。同時に、僕の中でひっかかっていた博士論文執筆に対する気持ちはあっという間に熱を持ちました。僕自身も、自分やWebサービス業界のエンジニアがやっている高度な技術をちゃんと学術論文としてまとめることで、それが十分にアカデミアでも通用することを自分が示し、さらにインターネットに関わる優れた技術を生み出すためにも、アカデミアと産業が密に協力して取り組んでいけるようなコミュニティを作りたいと、改めて強く思いなおしました。僕自身のバックグラウンドであるWebサービスの開発・運用の技術が博士論文にすらなり得ることを示すことが、自分のため、そして、これからのインターネット業界に向けた社会貢献になりうるのではないかとも思いました。そう思えた時からは、博士論文執筆や予備審査、公聴会のプロセスは大変でしたが、あっという間だったように思います。言葉にこもった熱意は飛び火し、熱意のこもった言葉は人を突き動かします。岡部先生からは以前にも、僕自身が研究のやり方で悩んでいた時に、

昔のやり方に囚われなくて良いです。松本さんが良いと思うやり方で好きなようにやって下さい。今のやり方、良いと思いますよ。

という言葉を頂き、その言葉は僕の研究の取り組み方の支えとなり、僕自身の行動指針にも大きく影響を与えました。僕にとっては最高の先生であり研究室です。

博士論文の執筆については、インターネットで検索しても沢山出てくるように非常に大変で、複数のジャーナルを通じて得られる大きな貢献の柱に基いて、問題意識や基礎概念、従来研究を体系的にまとめる必要があります。その上で、体系化された領域において、博士論文の貢献がどう示せるのかをきちんと論述しなければなりません。実際に、ジャーナル1本でもそれなりの分量になりますので、僕の場合は最終的に4本分の研究を頭の中に配置して、それらを繋げていき大きな筋を通す作業、そして、それを意識しながらプレゼンで表現する作業はとても頭を使いました。が、同時にまさに自分の研究として昇華できたという貴重な体験ができました。

博士課程を通じて新しい価値を生み出すことにも意味がありますが、成長という観点では、ジャーナル1本通すプロセス自体に専門性を高度に高めていくための方法論が示されており、複数のジャーナルを博士論文にまとめるプロセスには、さらに視座を高め専門領域を体系的に整理した上で、その上に立つ新たな価値を生み出すための方法論が示されていることを身をもって体験することができました。これらの方法論は、研究者や技術者のスキルそのものを高度に育てるプロセスとしてもかなり優れているように思います。

今後

こういう活動を応援してくれる家族の存在、業務の中でも僕に論文を書く時間を与えてくれた同僚やチームの存在、そういった周りの助けなしでは到底博士学位を取得することはできませんでした。さらには、ペパボでなければ博士学位取得することはできなかったでしょう。それぐらい会社の協力があって、学位取得に向けて自由に取り組ませていただきました。僕は一歩踏み出すことはできましたが、上述したように、僕のように好き勝手自由に生きている人間は、その時の気分で方向性を見失いがちですが、そんな時に周りに多くのことを気づかせてもらい、支えられ、助けてもらいながら進み続けることができ、その結果として博士の学位を取得できたようなものです。皆様、本当にありがとうございました。

博士学位取得への挑戦は、自ら一歩踏み出さないことには何も始まりません。今後は、ペパボ研究所からも更なる博士が誕生できるように、自分の研究はもちろんのこと、研究者を育てる立場であることを自覚し、京都大学博士(情報学)であることに誇りを持って、博士学位取得することの意義を伝え、新たな学術論文と学術コミュニティを生み出していけるような研究者であり技術者になることをここに約束します。

謝辞

この博士論文は、2008年にファーストサーバ株式会社に入社後に、ホスティングサービスをはじめ、沢山のWebサービスを運用・保守する中で生じた問題意識を解決するために、取り組んできた研究開発をまとめたものです。2012年に、京都大学大学院情報学研究科の岡部研究室に配属後、研究室の皆様をはじめ、多くの方々に多大なるご支援とご指導を頂くことで博士論文としてまとめることができました。ここに改めて、博士論文執筆および学位取得に向けてお世話になった皆様に、誠意を持って感謝の意を表します。

博士論文の執筆にあたり、岡部寿男教授には、多大なるご指導や数多くの貴重なご助言を頂きました。また、それだけではなく、これからのインターネット技術に対してどう取り組むべきであるかといった、現在の著者の研究開発に対する核となる考え方や行動指針を持つに至るまでに、沢山の貴重なご助言を賜りました。心から感謝を申し上げます。本審査に至るまで、中島浩教授、五十嵐淳教授には、沢山の貴重なご助言を頂きました。心から御礼申し上げます。また、私が2015年入社後、現在も所属しているGMOペパボ株式会社の諸氏、特に、本研究の執筆にあたり、沢山のご支援をはじめ、業務時間内に研究開発することに対して全面的に協力頂いた、佐藤健太郎社長、栗林健太郎取締役CTOをはじめ、博士論文執筆中にもチームとして支えてくださった技術部技術基盤チーム、ペパボ研究所には、感謝の意を表します。特に、博士論文執筆の際には、力武健次さん、廣川優さん、奥村晃弘さん、田平康朗さん、久米拓馬さんには沢山のご支援を頂きました。ここに御礼申し上げます。研究の実用化に向けては、mrubyコミュニティの皆様に多くのご助言や実装のご指導を頂きました。特に、まつもとゆきひろさん、松本泰弘さん、増井雄一郎さんには沢山のご指導を頂きました。心から御礼申し上げます。また、本研究の問題意識としてまとめた内容は、2008年から2012年まで所属していたファーストサーバ株式会社の諸氏と共に、多くの課題や問題に対して、妥協なく協力しながら取り組めたために整理できました。心から御礼申し上げます。

最後に、大学卒業後に一度会社に入社しながらも、博士課程で研究を行うために会社をやめるという選択に対して常に肯定的に支持してくれて、その後のあらゆる私的な面で多大なる支えとなってくれた妻と子供、そして、博士論文執筆に至るまでに、幼少期から今に至るまでに、博士論文執筆という選択肢を現実的なものにまで考えられるように教育し、あらゆる面で影響を与え、強い支えとなった両親と兄に心から感謝の意を表します。


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